啖呵


生意気にもお客さんに説教をたれてしまった。
そのお客さんは常連さんで、年も僕と近く、出身も同じ大阪ということで気も合い、プライベートな話もたまにすることもあった。


その日、閉店時間になり、お客さんはもうその人だけになっていた。「どうすか、最近」みたいなありきたりな会話をしているうちにその人の愚痴が始まった。


その人は渋谷のスパゲッティー屋で社員として働いていたが、「音楽」という夢を捨てきれなかった。最近社員を辞めてアルバイト扱いにしてもらって時間を作り、音楽の専門学校に通い出した。
それでも時間がない。今はアルバイトだが元々社員なだけに周りからは頼りにされて負担になる。時間外も店のことを考えてしまい精神的に疲れる。そのせいにするわけじゃないけど、学校にもなんだか疲れてて行く気がしない。ギターにもあんまり触れる気がしない、、、云々。


置かれている状況が全くと言っていい程僕と酷似していた。「スパゲッティー屋の彼」と「うどん屋の僕」。「元社員で今はアルバイトの彼」と「唯一の社員であった店長が急に辞めてしまい、次の社員が決まるまででいいからと言われてアルバイトながら店長の僕」。「音楽で食っていきたい彼」と「写真で食っていきたい僕」。時間がない、時間がないと焦っている二人。


「あー、わかります、わかりますとも。僕も状況一緒ですわムニャムニャ、、、」と、彼の話を聞いているうちに「ハッ!」とした。「これは俺や!」と気づいた。一旦そう思うと愚痴をこぼしている彼がもう、自分にしか見えなくなってきた。自分の目の前で自分が自分に向かって愚痴を言い続けている。吐き気がした。店のせいにするつもりはないけれどなどと丁寧にも前置きをして、自分の行動力の無さを店のせいにしている自分。周りに頼られていることを負担と言うくせに得意がっている自分。もっとやろうと思えば出来るんでしょうけどなどと言いつつも、けっこう頑張ってるでしょとアピールしている自分。自分自分自分自分、、、。
もう、腹が立って、腹が立ってどうしよう。自分はこんなだったのかと思うと、もう、恥ずかしくて、恥ずかしくてどうしよう。気がつくと目の前の自分を怒っていた。


「さっきから愚痴しか言ってへんやんけ!時間がない、時間がないって、行動してから言え!ほんのわずかな時間も集めていったら束になるやろ!そんなこともせず、自分の根性の無さを認めず全部人のせいか!お前は10分前までの俺じゃ、もう今の俺は違う、行動する!俺はこんなんやったんかと思うと腹が立つ!周りにも彼女にそんな愚痴ばっかり言ってたんかと思うと恥ずかしい!きっとお前は自分の方が辛い状況にいると思ったから、その話をして、大変ですねぇ、って言って欲しかったんやろ!言わへん!で、状況が一緒やとわかると、お互い大変やなぁ、って慰め合いたかったんやろ!慰めへん!自分より厳しい状況に立って頑張ってる人にはそんな愚痴よう言わんやろう!ヘレンケラーにはそんな愚痴言わんやろう!」


きょとんとしていた彼はもう店に来ないだろうか。
僕は自分に言ったんですよ、自分に。

 
自分に啖呵きった以上、ほんまにやらねば。