唇と葬式用の花輪

 
 
男なら殴り合いの喧嘩をした相手が何人かはいるんじゃないだろうか。映画や漫画みたいにそれをきっかけに絆が深まり、さらに仲が良くなるなんてこともやっぱり現実にある話しで、特にやんちゃに生きてきたわけではない僕にもそういう経験はある。
 
その内の1人の人に写真が欲しいと言われた。「引っ越しして部屋がさみしくて壁になにか飾りたいから、引っ越し祝いに写真ちょうだいよ」と。僕は以前その人と喧嘩した後に、殴られて切れて腫れあがった自分の唇を写真に撮っていた。その唇の白黒写真を100cm × 80cmくらいに大きくプリントした。「喧嘩で自分が殴って腫れた唇の写真を大きく伸ばして渡されるなんて、慰謝料請求されてるみたいで気悪いやろか。ブラックジョーク通じるやろか」などと考えながら、夜中、その人の家まで向かった。歩きながらなんとなく唐十郎寺山修司の喧嘩を思い出していた。
 
 

                                                                                                                                                                                              • -

 
 
その昔、唐十郎状況劇場の初日に寺山修司からの祝儀の花輪が届けられたが、それはなんと葬式用の花輪だった。
 
それ以前、寺山修司主宰の天井桟敷の旗揚げ公演の時に、唐十郎はジョークで中古の花輪を送った。寺山修司の送ったその葬式用の花輪はそれへの意趣返しのつもりだったらしいが、唐十郎は劇団員とともに天井桟敷へ向かい、結局乱闘事件にまで大きくなり、唐十郎寺山修司や、お互いの劇団員数名が暴力行為の現行犯で逮捕された。
 
「葬式用の花輪はユーモアのつもりだったが分かってもらえなかった」と言う寺山修司に対し、唐十郎は、
 
「ユーモアのつもりなら自分で持って来い。そもそも殴り込みではなく話を聞こうと思って行っただけだ」と言った。
 
 

                                                                                                                                                                                              • -

 
 
だから僕は自分で持って行った。
家に着き、その人はまだ帰ってきてなかったので玄関の扉にその写真をパーマセルで貼付けて帰った。
 
 

 
 
後日その人から電話があった。冗談が通じて本当によかった。