最前列

 
先日、桜荘ギャラリーで天野裕氏が1日限定での展示をした。以前から天野裕氏は桜荘ギャラリーで展示がしたいと言ってくれていた。その展示は桜荘ギャラリーでの第10回目の記念展示となった。
 
天野さんは入場料を検討していた。桜荘ギャラリー。ギャラリーと言ってみたところで結局は僕が住んでいる風呂無しボロアパート。そんな場所でとても入場料なんてとれない。天野さんには、「入場料をとらないのであれば展示してもらって大丈夫です」と伝えた。天野さんは、「俺の写真を見る料金、それならいいか?」と聞いてきた。案内に「入場料」と明記しないこと、そういう条件で折り合った。天野さんのホームページの展示案内には、「写真を観る料金として」と記されていた。
 
展示当日は台風で、身内のような人物が一人来ただけだった。
 
 
中途半端に自分の写真を見せないという努力。それは真摯に写真を見せるという姿勢の裏返しなのだろうか。
 
 

 
「俺は行動してるか」と自問自答し続けた。
 


 
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以前、よく聴いていたミュージシャンがいた。そのミュージシャンの曲を初めて聴いたのはCDショップの視聴コーナーだった。身震いし、そのままCDを手にレジに向かった。その後、発売されているCDを全てそろえ、ライブにも足繁く通った。
 
ある時からそのミュージシャンの曲を聴かなくなり、ライブにも行かなくなった。飽きたわけではなかった。何一つ結果も出せず、たいした努力もせずにただただ単調な日々を繰り返しているだけのその頃の僕にとって、全身全霊で表現するそのミュージシャンの言葉はあまりにも強く、痛過ぎた。僕は背中を向け、耳を塞ぎ、それらから逃げた。
 
いつしかやはり現実の壁は迫ってくるもので、僕は激しく壁にぶち当たり、否が応にも努力を強いられる時が来た。その時の僕はもう、とにかくがむしゃらだった。何をすればいいのかもわからない時はひたすらに、がむしゃらに、何をすればいいのかを悩み続けた。
 
やがて少しずつ、少しずつ現実は好転して行き、少なくとも負の方向に向かうことだけは止まった。
 
 
しばらくして、そのミュージシャンのライブに久し振りに行った。ライブ前、「俺は堪え切れるんやろか?」と考えると動悸が激しくなった。しかし、歌が始まり、僕は驚く程冷静だった。ミュージシャンの言葉は痛くもなく、感動もなかった。
 
「あ、追いついたわ」と思った。
 
それからもそのミュージシャンの歌は聴いていない。
 
 
聴くのに体力を消耗するミュージシャンが他にもいる。先日、初めて友川かずきのライブに行ってきた。
 
演奏開始1時間前くらいには会場に入ったものの、最前列の席を見ると、もう全席埋まってしまっていた。友川かずきの歌う様は壮絶である。だからやはり皆が最前列で見たがるのだろうと思った。僕も最前列で、と思っていたけれど、仕方なく空いてる中でできるだけステージに近い席に座っていた。後から来た人が「やっぱり最前列は空いてるねぇ」と呟き、中程の適当な席についた。
何列も並べられているパイプイスの最前列のさらに前に、銭湯のシャワーイスのような小さなイスがいくつか並べられていて、僕はそれを最前列の席の足置きみたいなものだと思っていた。店員の人に聞いてみると、それは特設された最前列の席とのことだった。皆が最前列を遠慮し、避けていたのだった。僕は直ぐさま荷物を持ち、その席に移動した。
 
友川かずきが登場し、もうそれは唾が顔に飛んできそうな程の勢いで歌い出した。
 
 
ライブが終わり、外に出た時には激しく疲労していた。
 
もう、この人以外聴かれへんと思うくらい濃かった。同時に、この人以外なら誰でもいいからしばらくは何か軽いものを聴いていたいという矛盾した感情も同時に生じた。
 
ライブ前、僕は友川かずきとの距離を考えていた。結局、近づいたのか離されたのか全くわからなかった。それほど僕とこの人の間には距離があったのだ。
 
 
「ひとつも」と思った。「何ひとつ」と。
 
 
 
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とにかく舞台に上がる努力を、行動を。
 
11月10日(水)18:00から、展示期間中のイベントでギャラリーが選んだ10人が自作についてそれぞれ20分間のトークをします。僕も選んでいただき話しをさせていただきます。僕はラスト10人目で、21:00くらいから話す予定です。全身全霊で立ちますので、どうぞよろしくお願いします。
 
 
 
http://rcc.recruit.co.jp/gg/20th/