April Truth

 
 
夜、帰って来て先ずパソコンの電源を入れ、インターネットを立ち上げる。次にマグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れる。以前は挽いた豆でコーヒーをいれてかっこつけたりもしていたが、今は楽なのでもっぱらインスタント。湯を沸かそうとヤカンに水を入れ、コンロをパチコン!とひねる。一瞬炎があがるがすぐに消えてしまい、ガスが出なくなってしまった。「あ!」と思い、外に出てアパートの集合ポストの中をまさぐると案の定、ガスの供給停止のお知らせが。ガス料金が未払いだったのだ。そのままコンビニまで行って料金を支払うが、夜中に払ってすぐに復旧するはずもなく、帰ってもやはりガスは出ない。ガスは諦め、炊飯ジャーに水を入れ、炊飯スイッチを入れる。しばらくするとジャーから湯気が立ち上り、やがて沸騰する。

 
 
 

ほぼ10年前の今くらいの時期に僕は上京してきた。荷物は本当にちょっとしかなかったので、引っ越し屋に頼まず、親父と二人、車で東京へ向かった。夜中に練馬のおんぼろアパートに着き、畳を雑巾がけすると、恐ろしいほどに汚れていた。畳を一拭きするだけで雑巾がだだっ黒くなった。
「これ、大家に文句言わなあかんな。普通、入居する前には掃除くらいしとくもんやろ」と僕が言うと、親父は「そんな文句言えるほどの豪邸ちゃうやろ。四畳半でよかったやんけ、これで10畳とかやったら掃除大変やで」と言って笑った。僕が雑巾がけをしている間中ずっと、親父はビデオカメラを回しながら自分で実況を加えて部屋中を映していた。「ここが共同便所です」とか、「畳にロウソクの痕があります。前に住んでた人もきっと貧乏で電気をとめられてたのでしょう。そうに違いありません」だとか。その日、ある程度はきれいになった畳の上で二人で寝袋に包まって寝た。
翌朝、目が覚めると親父はすでに起きていて、近所のスーパーでサンドイッチとカップコーヒーを買って来ていた。「まだガス通ってへんな」といいながら親父は炊飯ジャーに水を入れ、スイッチを入れた。しばらくしてジャーから湯気が立ち上り、やがて沸騰した湯をカップコーヒーに注いだ。ジャーから立ち上る湯気を見て、「ああ、新生活がはじまるんやな」としみじみと思った。部屋にある家電なんて、その炊飯ジャーと電子レンジだけで、二つとも上京前に先輩がパチンコでとって来てくれたものだった。その日の夜に親父は車で大阪まで帰っていき、僕の東京一人暮らしが始まった。
 
 
 

炊飯ジャーでいれたコーヒーを飲みながら、先日UFN21で行われた 五味隆典 vs ケニー・フロリアン の試合をネットでみる。
 
五味隆典、タップアウト!
五味隆典、タップアウト!
五味隆典、タップアウト!
 
その瞬間、はるか遠くアメリカ、ノースカロライナオクタゴンの中で五味は一体何を思っただろうか。
五味隆典(3.75倍)に対して、ケニー・フロリアン(1.29倍)というオッズが示す通り、多くの人が、「そら見たことか」と思っただろう。でも挑戦した人の気持ちは、挑戦した奴にしかわからない。
 
 
ふと、横に目をやると炊飯ジャーからまだ湯気が立っていた。
 
 
一生懸命生きようと思った。
今さらそう思っても遅すぎるんじゃないかと思ったが、本当はまだいけるんじゃないかとも思っている。
 

 

大阪の先輩でもあり、友人でもある人が今日、ブログに書いていた。
 
『今日は、エイプリルフール。こんな日に、あえて本当の事だけを書く』

 
さあ、今年も春が始まります。
それは本当のことでしょう?