千人が踊るまで


休日。今度の展示に必要な釘やネジを買いに渋谷の東急ハンズへ。久し振りに本屋にも寄る。久し振りと言っても2、3日振りくらいだけれど、昔、青山の料理屋で働いていた2年間は週に8回くらい本屋に行っていた。世田谷のアパートから青山の店まで毎日自転車で通勤していたので、帰りに渋谷の246号線と明治通りが交差する所にある24時間営業の本屋にほぼ毎日行っていた。その他の本屋、古本屋にも寄っていたので本当に週8くらいで本屋に行っていて、本屋や古本屋を見つけたら入らなければならないような気になり、疲れていても眠たくても、もうまるで義務のように自転車をとめていた。その時はもう中毒状態だった。


本屋で、多分コマフォトの別冊だと思うけど、250人の写真家の作品とプロフィールが載っている名鑑みたいなのをパラパラと見た。250人の中には個人的に知ってる人が何人かと、うどん屋の常連さんも載っていて驚いた。
コマフォトのではないけれど、2、3年前に発刊された同じような趣向の『200 フォトグラファーズ ポートフォリオ』というものに僕も載せてもらったことがある。その当時、きちんとしたかたちで写真を発表したのはひとつぼ展しかなかったので、たぶん関係者の方がガーディアン・ガーデンでの展示をみてくれて連絡くれたんだと思う。「10点程写真を提出して下さい」と言われ、加えて、「仕事の写真だけでなく、少なくとも1点は作品を入れて下さい」と言われ、その当時はまだ写真でまともな仕事をしたことがなかった僕は、「全部作品でもいいですか?」と言った。
写真を提出した後、1人につき1ページか、もしくは見開きで2ページの掲載となりますと言われ、僕なんかの末端は1ページなんだろうなと思った。本が完成して送られてきて、開いてみて驚いた。僕以外はみんな写真で生活してるどころか、がっつんがっつん写真で稼いでるだろうと思われる程の人たちばかりが載っていて、さらに驚いたことに、僕は見開き2ページで紹介されていた。


「これは大変なことになる」


本当にそう思った。ひっきりなしに仕事依頼の連絡が来るだろうと思った。機材をそろえなければと考えた。「しばらく休みをいただくことになるかもしれません」と、あらかじめうどん屋に言っておいた方がいいだろうかと本気で悩んだ。


しかし、発売されて、本屋に並んだのを確認してからも何の連絡もなかった。壊れてるんじゃないかと思う程、僕の携帯電話は鳴らなかった。


しばらくして、もうそんなことは忘れかけた頃、1通のメールが来た。件名は、「仕事依頼でなくてすいません」だった。


「仕事依頼でなくてすいません。私は趣味で小説を書いている40代の主婦です。私は時々、小説のアイデアのために画集や写真集などを買います。本屋で『200 フォトグラファーズ ポートフォリオ』という本を見つけ、購入しました。その中であなたの写真に心打たれ、迷い迷った挙句、メールをしました。ただのファンメールですいません。これからの活躍、楽しみにしています」


そんな旨のメールだった。僕はもう、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。本当に本当に、もう、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


そのことをある人に話したことがある。
その人はとても面白い人で、昔関西から上京してきてアパレルブランドをおこして原宿界隈で大ブレイクさせたと思ったらパッっとやめてしまい、次に仕事で大物ミュージシャンと一緒に仕事をして自分もやりたくなって音楽をやり出し、ついには1000人以上入る会場を満員にさせるようになり、大手レコード会社が契約を持ちかけてきた頃にスッとやめてしまい、CGで映像を作りはじめたらそれがMoMAニューヨーク近代美術館)で上映されたりと、興味を持ったら自分が納得するまでとことんそれに向かって動き続ける人。そして今は絵を描いている。


ファンメールが来たことはとても嬉しかったけれど、僕は嬉しさのあまり恥ずかしさもあって、その照れを隠すためにその話しを半ば冗談として自虐的にその人に話した。
待てど暮らせど連絡はなく、忘れた頃に1件連絡が来たと思ったら仕事依頼ではなくて、ファンメールだったというふうに。


その人は大真面目に、「じゃあ、1000人はおるで」と言った。
「俺も音楽やってたとき、1人が踊り出したんを見たとき、もうほんまに嬉しかったもん。そしたらいつの間にか気がついたら1000人みんなが踊ってたで」
「はじめの1人を動かすのが大変やねん。はじめに動くのは勇気と力がいるから。でも1人がおれば、同じように感じてる人がほんまは1000人はおるから」


僕としては半ば冗談として自虐的に話したのに、完全完璧にその言葉に勇気づけられた。
思えば、写真に出会ってからこのファンメールをもらうまでに様々なことがあった。ああ、本当に様々なことがあった。悔しくて悔しくて思わず咆哮して泣いたこともあったし、きっとそんなことはこれからも沢山あるんだろうと思う。
でも1人が踊り出した。1人が踊り出したんや。


1000人が踊り出すまで、僕は何万遍でもシャッターを切る。