ミイラ盗りがミイラになる前に


再確認。


僕の生活は「うどん」と「写真」の二本柱で構成されている。もっと言えば、フィルム、印画紙等の写真用品を買う為に「うどん」でお金を稼いでいるので「うどん」もつまりは「写真」の為。なのでどっちの柱もバランスよくやらなければならない。忙しくなって目的意識が薄まり本末転倒にならないように気をつけなければならない。


少し前に書いたこと。
そう、その通り。「うどん」と「写真」、どっちの柱もバランスよくやらなければならない。

今、生活のバランスが悪い。「うどん」の方が忙しすぎて「うどんと写真」どころではなくなっている。「うどんとうどんと、うどんと写真」くらいの比率になっている。
何冊かの雑誌に自分の写真についての記事が載っているらしい。それすらもまだ自分ではみておらず、周りの友達、先輩からのメールで知るといった有様。そのうちの一冊では、ある編集の方が名指しで僕の作品をほめてくれているらしいのに、まだ挨拶もできていない。いや、写真家に挨拶なんていらないから新作を何点か持って行って、と考えてるのだが、その準備すらも出来ていない。

観たかった展示も見逃してしまった。大好きな絵を描く、ある画家の絵画展が新宿であった。展示最終日、この日僕はうどん屋の出勤が夕方からだったのでその前にこの展示をみにいくつもりだった。そしたらうどん屋から緊急事態の電話があり、急遽店へ飛んで行く。結局、色々なことをゴタゴタしているうちに出勤の時間が迫り、展示に行くのを諦めてしまった。いや、行こうとすればきっと行けた。「うどん」を自分が怠惰な言い訳に利用しているのだ。


レゲエを愛する友人が一旦レゲエから離れた理由を、「レゲエを言い訳にしたくなかった」と言っていた。
今の僕は、写真を撮れていないことを、忙しいからと「うどん」に逃げ、うどん屋の様々な問題(シフト作りが遅れることや、うどんの仕込みのこと、在庫管理、発注のミス等々)を、俺は写真家なんやからと「写真」に逃げている。結局「うどん」と「写真」の両方を言い訳にしているのだ。


ちんたらしとったらすぐに次の世紀になってまう!俺よ走り出すんや、ミイラになる前に!