なぜ特装版か

 
 
楽家がレコードを出すように、詩人が詩集を出すように、ある程度の期間写真を撮り続けたことがある人なら、ほとんど全員と言っても過言ではないくらい誰もが自分の写真集を作りたいと考えるのではないだろいうか。僕も例外なくその一人で、ずっと写真集を出したいと思っていた。
 
 
少しづつ、少しづつだけれども展示や雑誌、Webなどで作品を発表させてもらえる機会が増えてくるにつれ、もしかしたら自分も写真集を出せるんじゃないかと考え始め、出版社やデザイナーの人に写真を見てもらいにまわったこともある。何度電話しても見てくれないところもあったし、何ヶ月か待ってようやく見てもらった出版社もある。
 
 
あるデザイナーさんは「作ろう。この写真集を出したいし、僕もそれに関わりたい。出版社を紹介する」と言ってその場で出版社に電話をかけてくれた。
その出版社は良質の写真集を何冊も出している出版社で、その出版社が出している写真集の多くに関わっている編集の人を紹介してもらった。
数日後、僕はその人を訪ね、写真を見てもらった。「そこらへんにある写真集のレベルを凌駕してる。ただ、うちは出版社だから本を売って会社を成り立たせているから一冊一冊、どうすればこの写真集が売れるのかということを考えていかなくてはいけない。前向きに、長い付き合いをしていこう」と言ってくれた。
数ヶ月後、その方は出版不況で規模を縮小した会社を退社してしまった。
 
 
「今は昔とは違う」と、ある編集者が言った。
「今は写真の良し悪しだけでは写真集なんて出ないんだ、猛烈に売れる要素があるとか、芸能人が写っているとか、なにか付加価値みたいなもんがないと」と。「もう、自分で出したるねん」と思った。
 
 
そして作った。できるだけ安い値段で販売できるように写真点数を減らして印刷した。サクッと軽く薄く作った。3,000円、それでも一冊売れるごとに赤字の値段設定だった。作った見本写真集は、見てくれた多くの人には概ね好評だった。ただ、この写真のキーポイントになった人には、厳しく指摘された。「この装丁では意味がない」、それは自分でも迷っていたことだった。作り直しを決意した。
 
 
潤沢な資金があって、まとめて量産すれば一冊の値段を安くできる。逆に、注文が入る度に1冊づつ作れば1冊あたりにかかるお金は高くなるが、まとまった資金は必要なくなる。日々の生活すらままならない僕に潤沢な資金などあるわけがない。無い袖は振れず、当然、僕は後者を選択せざるを得なかった。
そして作った写真集は、1冊作るのに驚く程のお金と、考えられないくらいの手間と時間がかかった。そして、そのお金と手間と時間がかかった写真集を僕はとても気に入ってしまった。

続けられなくなるのが嫌だから赤字は出さないように、と色々と考えた。そう考えると値段設定は30,000円になった。ゼロが一つ多いんじゃないかと自分でもあきれるが、三千円ではなく三万円。それでいくか、写真集を諦めるかの二択しか僕にはなかった。
 
 
諦めるということは考えなかった。なので、三万円と言う値段で販売するためにはどうすればいいかをずっと考え続けた。そしてオルジナルプリントを1枚つけることにした。プリントをつけるんなら、値段をもっと高くした方がいいと注意してくれた人もいる。でもプリントを売るということ自体は目的ではなく手段なので値段設定は変えなかった。プリントを売る為ではなく、お金儲けをしたいからでもなく、全ては写真集を作りたいがための手段だから。自分でも納得のいく写真集を作り、それを売るための手段として考えついたのが、オリジナルプリントを1点つけるということだった。
 
 
「自分で出すんなら、自分の思った通りにしないと意味がない。出版社でできることは出版社から出す時にすればいいんだよ」、前の装丁を指摘した人に言われた言葉が心に引っかかっていた。「ファーストで死んでもいいんだって、ファーストが最高傑作ならそれでいいんだって」、そうも言われた。自分にしか作れない写真集を、最高傑作をと思って作ることにした。
 
 
「特装版じゃなくて、通常版はどんなんですか」と質問があった。通常版は今はまだない。通常版がないのに特装版を作るなんておかしな話だと自覚しているけど、僕は続けていればいつかきっと必ず、出版社からも写真集を出せると思っている。だから通常版というのは、いつか出版社から出るであろう写真集を通常版と考えている。
 
 
ただ、今回のこの『特装版 昼光ジャズ』のような写真集は絶対に出版社からは出せない。
唯一無二の写真集だから。
 
先ず、オリジナルプリントは写真集が届いてから、写真集の中の写真から好きな写真を一点選べるようにした。
 
表紙、裏表紙ともに一冊一冊を何時間もかけて手作りをする。自然と、同じものが世界に二冊と無い写真集が出来上がることになる。
 
そして、タイトルと言葉。印刷せずに一点一点全て手書きで書くことにした。へたくそな文字だけど、そこはご愛嬌。全て違うものになるから。
 
あといくつか秘密が隠されているけれど、それは今ここでは言わない。
限定数の66部という数字は少なすぎるように思われるかもしれないけれど、上記ようなことをしていると、66部でもいっぱいいっぱいになってしまう。
 
 
ある雑誌から『特装版 昼光ジャズ』についての取材依頼があった。海外からも注文が入った。「動きゃ風が吹くもんだ」とは何のセリフやったっけな。忘れたけれど、それを少し実感した。まだまだ微風だけれど。
 
 
僕は今まで出会った写真集の中で、この写真集が一番好きです。自分の写真やから当たり前やと思われるかもしれませんが、本当にそう感じるのです。
 
 
今しかできないことを。
自分しかできないことを。
 
そう思って一冊一冊自分で作っています。